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先週の土曜日は、こんな動物がいるところに
行ってきた。
これは「兎さんぽ」要員のウサギ。
とぼけた顔をしていて笑える。
このウサギと「兎さんぽ」をするのには料金がかかるが
それはウサギの餌代になるらしい。
県の施設だから、そうでもしないと苦しいのかしら?
あっ、ヤギ!
餌は草だったら何でもいいのね。
食べたい放題のようだ。
ヨーゼフだ。
それにしてもセントバーナード犬はデカイ。
私よりも絶対に大きいと思う。
あらまあ、角があるわりには愛らしいお顔のヤギ。
子供が喜んで餌をやってかまっていたが
私はヤギは頭を撫でるほど好きではない。
ラブリィゆきちゃん。
いやー、ダッシュ村の子ヤギのようで可愛い。
この可愛らしさはいつまでなのだろう。
もちょっとしたら、相当コワイ顔のヤギになってしまうから
この愛らしい時期は貴重だ。
そして、ここは山梨県立フラワーセンター
ハイジの村。
ここにはヨーゼフやゆきちゃんを見に行ったわけではなく
バラの回廊の写真を撮りに行ったのだが、この気候で
バラはほとんど咲いていなかった。
ほんの少しのバラは次回にアップ予定。
今日の記事は、もっと内容のあるものにするはずだったのだが
椿父から用事の電話がかかってきて、延々と話してしまったため
考えていたことがすべて、どこかに飛んでしまった。
ただ写真を並べただけの記事になってしまったのは
そのせいでもあるのだ。
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前回の記事で、車で上った光城山。
たまたまめぐり合った昨年の写真は
山の麓の際から撮ったもので
それなりの迫力はあったのだが電線が写っていた。
今年は電線が写らない場所を探して
山から少し離れてみた。
場所を変えて何枚か撮ったものを
ご覧下さい。
田んぼのあぜ道の芝桜が少ししか写ってないのが残念だが
椿父に言わせると
「なに、這いつくばって撮ればいいのさ」
そ、それは・・・自分だってしないくせに、娘にはさせる気か?
ガソリンスタンドなどが写りこんでいるが
田んぼに張った水と菜の花がきれいだったのでシャッターを押した。
松川と河畔にある「やはらかに青める」柳。
やっぱり電線が写ってないのはいいなあ。
このあたりに住居を構えている人は幸せだ。
毎年、この風景を見られる、ということだもの。
見るたびに思うのは 「桜が山をずんずんと上っていくようだ」
ナオミさん曰く「神様が天に昇る道のようだ」(昨年のコメントより)
いわゆるレッドカーペット、のような、だそうだ。
それにしても上手いことを言う、と感心した。
レッドカーペットならぬ、このピンクカーペットを昇っていくのは
「春の神様」に違いない。
昨日の続きになるが
長野県明科にある光城山に(車で)上ってみた。
ほのかなる霞のうへに はるかにねむる遠き山
山頂から下を覗くと、桜に縁どられた風景が広がる。
遠くの山が雪をいただいて、「絵」になる。
そして、足元を見ると
光を浴びた菫。
埃も被ってなく、花びらもすべすべしている。
彼方に遠き山は見ゆ ああなほ彼方に遠く
そしてまた下を見下ろす。
山桜もある。 この山の桜は染井ではないような気がする。
白いラッパ水仙。
凛とした花だ。水仙は匂いも清清しい。
八重の水仙。
この水仙は今まで好きではなかったが
被写体として見るとなかなか面白い。
ああげにいわれなき旅人のけふのこころよ
同じように見えるかもしれないが、山の形を見ればわかるとおり
全部違う方向から撮ったつもりなのだ。
ハルリンドウ。
初めて見た。 が、竜胆そのものなのですぐわかる。
春の花にしては、色が地味なような気がするが
初めて見る花、というのはひたすら感激だ。
われはいまふとふるき日の思出のために
なつかしき涙あふれいでんとするににたる
心をおぼゆ ゆえはわかたね
はるかなる霞の奥に
彼方に遠き山は見ゆ
三好達治の「花がたみ」の「序にかへて」の一節だ。
この詩は合唱曲になり、中学校の時にそれをずいぶん練習したものだ。
そのせいか、それが良いかどうかは別として
こういう風景を見ると必ず思い出す詩なのだ。
今年の春は寒い日が続いた。
そのせいで雪国の春の訪れはいっそう遅かったらしい。
例年なら5月のGWには見られない景色を
私たちは存分に楽しむことができた。
5月1日、5連休初日の長野県豊科。
一面(でもないけど)の菜の花の向こうに北アルプスが見える。
満開の菜の花。
畑のあぜ道には ハコベやイヌフグリ。
ナズナ(ペンペン草)も
カラスのエンドウ。
わたくし自身は大輪の薔薇のようだが(ここ、笑うところ)
こういう可憐な野の花は大好きだ。
視線を少し左にする、と菜の花の先に小さくピンクや赤の芝桜が見える。
てくてくと歩いてそこまで行くと、芝桜の中に咲くムスカリ。
マゼンタと青紫のコントラストは、春の盛りにふさわしい。
このあたりを流れる川は「梓川」
普通は水量がこんなに豊富ではないが、田植え直前の
田んぼへの引水のためか、水量が多い。
彼方の山はまだ雪を頂いているが、季節は確実に
初夏に向かって進んでいるのを実感する。
小布施に行ったのはもう2週間も前のことだ。
その時は東京でも雪が降ったのだから
志賀高原の麓、小布施では雪が積もっても
全然不思議ではない。
小布施は昔から文化程度の高い街だったというのは
以前に書いた。
戦前から上下水道が完備し、カナダからの結核撲滅運動の
宣教師と医者を受け入れ、サナトリウムと、それに併設する
礼拝堂(チャペル)があった。とこれは父に聞いた。
ずいぶん前になるが、春スキーの帰りに小布施の街を
通っていたときに、美しい桜の群れが目に入った。
あまりにも見事だったので、寄り道をして桜を訪ねると
そこは、以前サナトリウムだった病院の庭だった。
誰でも自由に出入りできるので、それ以来、この時季に
小布施に行く時は必ず立ち寄る「私の中の桜の名所」に
なってしまった。
午前中は少し曇っていたものの、午後からは青空が広がった。
見事な枝垂桜。
桜だけでなく、この庭には連翹、雪柳、山吹、水仙などが咲き
繚乱の時には夢の中にいるような気持ちになる。
菫も多いが、雪が残っていて寒そうだ。
桜の向こうには雪をかぶった志賀高原の山々。
まるでヨーロッパの村の風景のようなこの建物が
庭の片隅にある。
脇には何気ない風にヒヤシンスも咲いて・・・
ここは
カナダ人の宣教師「スタート博士」が建てた、新生礼拝堂(New Life Chapel)
本当に小さい、としか言いようのない礼拝堂だが
この一帯の雰囲気は、この祈りの場があってこその
ものなのだ、と、妙に納得する。
静かで、確かな存在感を持つ礼拝堂だ。
折しも、病院の庭にある東屋では、年配のご婦人たちが
持ち寄ったお昼を広げていた。
静かで明るい庭の中で、ご婦人たちは穏やかに話しながら
桜を愛で、お茶を飲む。
なんと素晴らしいお花見の場所をお持ちなのだろう、と
しみじみ思ったことだった。
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女主人になることを夢見つつ
4匹の猫と暮らす。
(いつの間にか5匹に)
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